アンホーリィと不幸せの石

それを拾ってしまったのはもちろん無知ゆえでしたけれど、運命の大迷宮に挑んで間もない者にしてみれば、見る物すべてが役立つ物なのではないかと思うのも許されることでしょう。

それは、灰色の宝石でした。薄汚れた冒険者とはいえ女、宝石と見れば目の色は変わります。何より灰色というのは、持っているだけで持ち主に満月のまじないを永遠にとどめるという、あの噂に聞く幸せの石と同じでしたから。

今にして思えば、そんな噂を覚えていたことが不運だったかもしれません。まこと市民、噂は反逆です。大迷宮も入り口近い場所に、そんな宝が落ちているはずもありません。後で聞いたところによると、ノームの鉱山の最深部、ノームが守っているのが幸せの石だとか。

そう、灰色の宝石を拾い上げてしまったときのことでした。それはとても重かったんです。私はよろめき、まともに歩けなくなってしまいました。歩き出す前に捨てればよかったろう、ですって? それはそうですけれど、何故かそれを捨てることはできませんでした。これは何か、よくない力が働いているに違いない!ああ、聖水−祝福されたがあれば!

そこで、ゆっくりしか歩けませんでしたけれど、急いでを探しました。を汲んで、神に捧げるために。

そう、そのとき−背負い袋から適当な薬を取り出そうとしたそのとき、脇に置こうとした灰色の宝石があんまり重かったので、それを持っていた腕ごと泉に浸すことになってしまったんです。

腕ごとの中に持っていかれる、溺れる!と思ったときでした。の水が輝き出したんです。そして腕だけ、から引き上げることができたんです。灰色の宝石の辺に残されました。

もう拾いません。重しなんて。

アンホーリィと九つの命

モリスさんが急に視界から消えてしまいましたが、落し扉をよけてやっと階段を降りたのは、いろいろあってだいぶお腹が減ってからのことでした。背負い袋には乾し肉がありましたが、これは人の食べられるものではありませんでしたし。

階段を降りたところで、熱があるような気がして私は壁に手をつきました。と、急に背負い袋が圧し掛かって立っていられなくなり、次の瞬間には、視界が白く覆われて一瞬なにも見えなくなりました。

背負い袋を降ろし、視界を覆った白布を振り払って天井を仰ぐと、大こうもりが奇妙に高いところをふらふら飛んでいました。そのまま後ろを見ると、モリスさんの瞳が好戦的に−というか勝てそうだという野生の輝きで、私を見下ろしていました。見下ろして?

モリスさん、と思わず呼びかけた私の声は、きぃきぃと耳障りな鳴き声−ねずみの鳴き声でした!

ついさきほどのこと、垢じみてぼろをまとったあの少女にひっかかれたせいにちがいありません。ねずみ女!できるだけすみやかに退けるべき汚らわしい存在、薄汚れた彼女からうつされた、呪わしい獣化病

私がねずみで、これが獣化病だとすると、あれは大こうもりではなくこうもりで、モリスさんはで−私はねずみでした!背負い袋に潜りこみ、無色の薬の壜を転がし取り出して、しがみつくようにして栓をモリスさんが迫っていえいえいえこうもりが来る!

狼殺し、狼殺し、狼殺し!生き延びたことへの感謝、人の子をものを食べるよう創られた神への抗議、そして元凶たるねずみ女への悪態、三つを兼ねて三度唱えた後、こうもり死体乾し肉を見比べて−モリスさんには乾し肉をあげました。

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